島根女子大生死体遺棄事件 -4-

これは「島根女子大生死体遺棄事件」に関する記事の【パート4です。本編をお読みになる前に、ぜひとも【パート1】からお読みください。

島根女子大生死体遺棄事件 -1-

島根女子大生死体遺棄事件 -2-

島根女子大生死体遺棄事件 -3-


 

被疑者死亡

執念ともいえる根気強い捜査によって、ようやく事件の被疑者を掴んだ合同捜査本部。ところが、被疑者である矢野は平岡さんの遺体発見の2日後(2009年11月8日)、山口県内の高速道路(美祢市伊佐町奥万倉の中国自動車道下り線)で事故死していたのだ。ちなみに、この事故で同乗していた平岡の母親も死亡している。
事故は8日午後3時すぎに発生。矢野が運転する車がガードレール3カ所に衝突、炎上した。2人はいずれも車が炎上したことによる焼死。ブレーキ痕やスリップ痕はなかった。矢野さんは運転席で、母親は車外で見つかった—。

事件の謎

被疑者が死亡しているということで、本事件には明確になっていないことがある。例えば、犯行動機—。

これは先に触れたが、本事件の犯行は矢野の嗜虐性(異常性癖)、自身の欲求を満たすためにそれを実行してしまう理性の欠如、自身の欲求を抑えきれない強い衝動性などが招いたものである。つまり、犯行動機は自身の性的欲求を満たすためである。ある種、本事件は”いき過ぎた性犯罪“といってもいいかもしれない。

そのほか、方々で疑問視されていることを以下にお答えする。本人がいないため、これらはあくまで推察の域を出ない。とはいえ、これらは真実に近いと本記事では確信している。

① 矢野はなぜ遺体を埋めなかったのか

普通であれば証拠隠滅を図る際、遺体をバラバラ*にした上で人気のない山中に埋めるもの。それでは矢野はなぜ遺体を埋めなかったのか―。
これを本事件の謎とする見方がある。ここでその答えとして、筆者の推察を以下に記す。
*通常、運びやすくするための目的でバラバラにする。もっとも矢野は自身の嗜虐性を満たすためにバラバラにした
矢野は臥龍山へ遺体遺棄をしに行ったものの、夜(もしくは早朝)の山は暗く静かで不気味であった(遺体の傍らであるため尚更のこと)。
霊的な恐怖感を覚えた矢野は穴を掘るまでの余裕はなく、バラバラの遺体を山の各所に拡散して遺棄(一か所にまとめて遺棄すると目立つと思ったため)、足早に山を下りた。
要するに、おばけが怖かったのである。
後に登山者が頭部を発見したわけであるが、登山者が遺体を発見するということは、矢野が遺体を遺棄したのは登山道付近であったはずである。
また、山頂付近に遺棄したことも遺体の発見を手伝っている。山は円錐状である。つまり山頂に近いほど、人は集中する。すなわち遺体が発見される可能性は高まる。ましてや遺体は埋めずに置いただけなのだから。
矢野は勉強はできたようだが、賢くはなかったのかもしれない。まさに無計画行き当たりばったりである。そのおかげで遺体発見、ひいては事件解決に繋がったわけであるが―。
山のイメージ図

画像引用:豊中美術研究所

② 矢野の死について

交通事故によって矢野が事故死した2009年11月8日。これは奇しくも平岡さんの遺体発見からわずか2日後であったわけであるが、これを何かの因縁と結び付ける者もいる。
しかしこれは因縁でも謎でもなんでもない。つまり偶然ではない。矢野の事故死について、筆者の推察は以下のとおり。赤字の部分は事実

2009年11月6日、自分が遺棄した遺体が発見されたことを知った矢野。これで逮捕を恐れた矢野は自殺を決意。

それまで仕事を休んだことのなかった矢野であったが、会社に2日間の休暇を申請している休暇申請の理由は「父親の墓参り」であった。筆者はこれを休暇取得のための虚偽ではなく、本当の理由であると好意的に捉えている。つまり、矢野は贖罪のために地元・山口へ帰ったのだ。
そして、母を乗せた車を高速道路で走らせ、意図的に事故を起こし自殺した。このとき母親が同乗していたのは偶然ではなく、矢野が誘った。母親に生き地獄を味わわせないためである。
これを裏付けるように、事故現場にはブレーキ痕やスリップ痕がなかった。また、母親は車外に投げ出されていたことから、スピードも出ていたと思われる(単純にシートベルトを着用していなかった可能性もあるが)。
これは憶測になるが、衝突した車が激しく炎上していたことから、矢野が予め可燃性の液体(灯油など)を積載していた可能性もある。

また事件後、矢野は知人に「大変なことをしてしまった」と漏らしていたことから、自身の犯行に対して強い後悔を抱いていたことが窺える。

つまり、矢野の死は事故死ではなく、罪滅ぼしのための心中であった。


この心中は、父親の墓参りの帰り足で実行されたのだろう。
もしも母親が息子に犯行を打ち明けられ、心中を乞われ、それを受け入れていたとしたら—。
高速道路を走る車中、どんな思いであったのだろうと不憫でならない。

事件解決

矢野を被疑者として確信を抱いた合同捜査本部は、矢野の遺品であるデジタルカメラとUSBメモリーから死亡直前(事件後)に削除されていた画像を復元。すると、平岡さんの遺体の解体前後や文化包丁の凶器写真、こうした遺体を解体する様子を写した計57枚の写真が現れた。写真が撮影された(解体された)のは自宅の浴室であった。
復元した写真—。この物的証拠により、矢野の事件関与が決定的となった。

【遺体の写真撮影】
なんとも異常な行動であるが、矢野はこの遺体の写真撮影を1時間半に渡り行っていた。これは57枚の写真データから明らかになっている。

 

その後2016年12月、合同捜査本部は発見された遺体(胴体)に付着していた唯一の遺留品であったビニール片(NTTが電話帳を配布する際に使用するポリ袋)についての新たな情報を手に入れた。

ビニール片は前述のとおり、広島県の5市(三次市安芸高田市東広島市三原市呉市)に配達されたものであった。ところがビニール片と同じNTTのポリ袋は、山口県下関市でも電話帳配布時に使用されていたことが判明した。
これが後押しし、2016年12月20日、合同捜査本部は殺人死体損壊・遺棄容疑ですでに死亡している矢野の書類送検に踏み切った。
遺留品と同様のポリ袋
(広島県大竹市の業者が製造)

2017年1月31日、松江地検が被疑者死亡で矢野を不起訴処分とした。

ちなみに2017年3月、島根県警は被疑者に繋がる有力な情報を提供した3名に捜査特別報奨金計300万円を支払うと発表した。(各100万円か)
尚、同県警は提供されたそれぞれの情報の具体的な内容は明らかにしていない。

合同捜査本部に寄せられた情報は2010年9月末までの時点で、約1,690件にも上ったといわれている。

 

このように本事件において、矢野の性犯罪歴遺留品(電話帳のポリ袋)、Nシステム、これらが事件解決へと導く大きなヒントとなった。
とはいえ、これはいうまでもないが、合同捜査本部の弛まぬ(たゆまぬ)努力あってこそである―。

おわりに

本事件において印象的であり、かつ賞賛すべきは、本事件における島根・広島両県警の取り組みです。
島根・広島県警の連携初動捜査の迅速さ、捜査特別報奨金制度を例外的に適用する柔軟さ
中でも敬服するのは、警察庁長官や島根県警本部長ら上官の「統率力」。折々の捜査員たちの鼓舞。また早期解決を誓う本事件に対する強硬な姿勢。これらが組織全体の士気を維持、ひいては根気強い捜査の実現に寄与したことは間違いないでしょう。
また事件発覚から1年足らずの間に延べ6万人、事件解決までの7年間で延べ31万人の捜査員が投入されたともいわれ、まさに全力投球の捜査でした。
その結果、”迷宮入り”の声も多く挙がる中、約7年で事件を解決―。

とはいえ、被疑者矢野に辿り着くまでに合同捜査本部は多くの人を参考人として事情聴取してきました。特にマークしていたのは、事件とは無関係であった男性4人。

  • 平岡さんと同じキャンパスに通う男子大学院生
  • 事件当日に浜田市にいた林業関連会社勤務の男性
  • 盗撮事件を起こしていた30代の男性
  • 平岡さんにアルバイトを紹介した男子大学生Aさん

彼らは事件関与を疑われ、何度も事情聴取されていました。

特に気の毒であったのは大学生のAさん。彼は平岡さんにアルバイトを紹介しただけなのにも拘わらず、事件の関与を疑われることに。
被疑者になっていることはすぐに校内で広がってしまい、Aさんに対する周囲の目が変わりました。キャンパスライフは居心地の悪いものになってしまい、事件発覚の翌年、Aさんは大学を中退してしまいました―。

結果として彼らは事件と無関係でしたが、成果の代償としてこうした傷跡を残したことも知っておくべきでしょう。

オラクルベリー・ズボンスキ


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