神風を起こしルーズベルトを呪殺した「大元帥法」とは【実話?】

「米大統領ルーズベルトは呪い殺された」

そんなうわさを聞いたことはありませんか?

日本は昔から神仏の力を借りて国難を乗りこえてきました。古くは新羅との対立平将門の乱元寇の神風日露戦争、そして第二次世界大戦……

今回は、そんな恐ろしい呪術「大元帥法(だいげんのほう)」を紹介し、うわさの真相を追求していきたいと思います。

はたして都市伝説なのか、実話なのか……それとも?

【第二次世界大戦】大元帥法による「ルーズベルト呪殺作戦」

フランクリン・ルーズヴェルト

画像引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/フランクリン・ルーズベルト

大東亜戦争(第二次世界大戦・太平洋戦線)において日本の敗戦が間近となった昭和201月。軍部では起死回生をねらい、当時のアメリカ大統領ルーズベルトの呪殺を計画しました。位の高い僧たちが全国から集められ、密教の呪術「大元帥法」を執り行ったのです。

護摩(ごま)をたき、祈祷(きとう)を続けること3ヶ月。ついに呪いは成就しました。1945412日、ルーズベルトは勝利を目前にして急死したのです。

戦後初期から語られてきたうわさで、ネットでは、曽祖父が祈祷に参加したという人も。

映画化もされた荒俣宏の小説『帝都物語』でも、同様の作戦が描かれています。

僧たちの唱える「金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)」を電波塔で増幅させ、呪いを送信するのです。

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ルーズベルト呪殺は都市伝説? 実話?

昭和天皇の神宮参拝記録も残されているように、日本全国の寺社で戦勝祈願が行われたことは事実です。「敵国降伏」の10銭切手も発行されました。

ルーズベルトの突然死はアメリカでは「脳いっ血のための急死」と報じられましたが、朝日新聞や報知新聞には「神罰」と書かれました

「敵国降伏」の10銭切手

画像引用元:https://www.npb.go.jp/ja/museum/tenji/gallery/daisanji.html

しかしルーズベルト呪殺に関する公的記録は、今のところ見つかっていません。

とはいえルーズベルトの死因は、いまだに真相がはっきりしていないのも事実です。

アメリカの大統領就任式では、新大統領は聖書に手を置いて神に忠誠を誓います。また戦争などの有事の際には、今でもかならず牧師を派遣します。

国家と宗教の結びつきが強いアメリカが、敗戦後の日本に政教分離を強要し、宗教の保護を禁じたことは謎のひとつです。

ですが、ルーズベルトの呪殺を恐れたと考えれば、つじつまは合います。またこれが事実なら、アメリカは当時の記録や関連資料をすべて没収したでしょう。

証拠は残っていませんが、一概には否定できないうわさです。

大元帥法・大元帥明王法とは?

大元帥明王像

画像引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/大元帥明王

日本では古くから、密教や陰陽道の調伏(ちょうぶく)をもちいて国を守ってきました。

調伏とは、呪術によって敵を倒すことです。

そのなかでも最恐といわれたのが、真言密教の大元帥法です。

 「たいげんのほう」と読み、「大元帥明王法」や「大元帥御修法」とも記されました。

あまりの効力のため、密教において伝授を制限された5つの秘法のひとつであり、日本でも天皇以外が執り行うことはゆるされませんでした。

秘仏中の秘仏である大元帥明王を本尊とし、大日本帝国において天皇が「大元帥」と呼ばれたのも、この秘法にちなむといいます。

大元帥法は明治時代までは毎年正月に宮中で唱えられ、以降は新天皇の即位時に唱えられるようになりました。

しかしそれ以外でも、国難の際には臨時で唱えられることもありました。

平将門の首を飛ばした呪術「大元帥法」

939年、平将門は自らを「新皇」と名乗り、朝廷にクーデターをしかけます。この時、東寺で将門調伏のために大元帥法が執り行なわれました。

『平家物語』によると、泰舜(たいしゅん)がお経を唱え終えた瞬間に、藤原秀郷の放った矢が将門に刺さり、絶命したそうです。

『入唐五家伝』によると9世紀、新羅との対立時にも大元帥法が唱えられたことがわかっていますが、もっとも大きな効果を発揮したのは、元寇です。

モンゴル軍を撃退した元寇神風は大元帥法の力?

筥崎宮と「敵国降伏」の額

画像引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/筥崎宮

13世紀、モンゴル(蒙古)軍は中国やヨーロッパの国々を次々と征服。当時、最大最強の帝国でした。

  • 文永の役(1274年)
  • 弘安の役(1281年)

2度にわたる蒙古襲来。この未曽有の事態に、亀山上皇は全国の寺社を参拝し、大元帥法を執り行いました。

集団戦法や火薬「てつはう」、そして世界最大規模の艦隊に、鎌倉武士たちは追いつめられます。しかし、奇跡は起きました。

台風によってモンゴル軍の舟が大破。しかも台風は2度にわたって起こり、文永の役に関しては季節外れの台風でした。

台風をきっかけに日本は勝利をおさめます。モンゴル軍はその惨敗ぶりに、ついに日本をあきらめました。

『増鏡』によれば6万の舟を沈めたという、この2度の台風は大元帥法の効果であるとされ、「神風」と呼ばれました。

実際にモンゴル軍が攻めてきた福岡の筥崎宮(はこざきぐう)には、亀山上皇が納めた「敵国降伏」の宸筆(しんぴつ)が神宝として保存されています。宸筆とは、天皇の直筆のことです。

 また社殿の正面にも、「敵国降伏」の額が大きく飾られています。

日露戦争のおりにも神風の力を借りようと、横浜の弘明寺(こうみょうじ)に大元帥明王立像が、福岡市東公園に亀山上皇の銅像が建てられました。

人を呪わば穴二つ 日蓮の予言した敗戦

大元帥法は平将門を倒し、神風を起こし、ルーズベルトを呪殺しました。

しかし平将門の呪いで、何人もの人が死んだことは有名です。モンゴル軍に勝利した鎌倉幕府も、それをきっかけに滅亡。

戦意喪失をねらったルーズベルトの死は、皮肉にもアメリカ軍を鼓舞することになり、日本はすぐに敗戦を迎えてしまいます。

神風を起こした僧のひとりでもある日蓮(にちれん)は、この敗戦を予言していました。

『富城入道殿御返事』で日蓮は、「神風が祈祷の効果だというプロパガンダが世間に信じられているのならば、それは日本国の凶事であり、真言の祈祷はやがて国をも亡ぼすだろう」と説いているのです。

人を呪わば穴二つ。みなさまも、呪術を使うときはくれぐれもご注意ください。

今回は歴史の闇に封印された、恐ろしい呪術、大元帥法について紹介しました。

何気なくすごしてきた日々のいたるところに、呪いは隠されています。そのことを知ってしまったあなたの日常は、明日から非日常に変わってしまうかもしれません。

コチラでは、戦後から現代にかけての呪術について詳しく紹介しています。ぜひご覧ください。