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歴史

ゼロ戦墓地

夕暮れ時になると軍人の霊が遊んでいる子供達に話しかけてくると言われている。 零戦で戦い、果てた英霊たちが、今なお将来の日本を背負う子供達を守ってくださっているとでも言うのだろうか。 兵庫県宝塚市宝梅3丁目4 宝塚聖天了徳密院

妙見山

斬首刑で処刑された首のない霊の目撃情報が続いているようだ。無実の罪を着せられた者もいるのだろう。成仏することなく今もこの世を彷徨っているということであろう。 しおき場という別名の通り、かつて妙高山には処刑場であったとのこと。今もなお成仏しそびれた者たちの魂が彷徨う場所。別名 生首谷、地獄谷。当時の人の命の価値は現代とは比べ物にならないほど小さかったとでも言うのだろうか、其処彼処に首が転がっていたと […]

グラバー園

心霊写真がよく撮れる、誰もいないところに向かって犬が吠え続けるなどの噂があるという。 園内に「ハナの結婚式」というタイトルの心霊写真が飾られており、日本最古の心霊写真と言われている。男性の隣に、着物を着た下半身が透けている女性が写っている。 長崎県長崎市南山手町8-1

佐世保釜墓地

若い女性や子供のうめき声が聞こえる、白い人影が近づいてくる、車のエンジンがかからなくなるなどといった怪奇現象が多数報告されている模様 太平洋戦争によって戦死し、戦後、フィリピンからの引揚船に積まれて帰国した遺骨が眠る墓地。帰国途中で亡くなった人も合わせるとその数6,500と言われている。無念のうちに外地で死を迎えた人々が、今でも現生に未練を残し彷徨っているとでも言うのだろうか。 長崎県佐世保市江上 […]

くらやみ坂

いろいろ心霊現象が起きるようです。 昔刑場があった場所。 神奈川県横浜市西区西戸部町3丁目287?2

串良平和公園

夜訪れると血だらけの日本兵の霊が行進しているという噂がある。 かつて神風特攻隊の基地となり、終戦までの半年間に565名が特攻隊員として飛び立ち、その多くが帰還することができなかったと言われている。戦後数十年たった今でも、行進を続けているというのだろうか。 鹿児島県鹿屋市串良町有里5181?1

小机城址

現れる幽霊は猫を抱いた女性など、現代的な幽霊が多いようです。どうやらこの城址は、霊を呼び寄せる霊道のような場所にあるようです。 戦国時代初期、山内上杉家に家督争いが起き、それぞれを支持する矢野兵庫助と太田道灌が小机城で激突。2年後この合戦は太田氏の勝利で終わり、敵兵は処刑され、太田氏側もかなりの戦死者を出したようです。 神奈川県横浜市港北区小机町 第三京浜道路

こどもの国近くの防空壕

防空壕の前では心霊写真が撮れるとの噂。 このあたりは戦争のあいだは弾薬庫として使われていた。そのため近くには防空壕や軍事施設などが残っている。防空壕の近くには戦時中に亡くなった兵士を鎮めるための慰霊碑や卒塔婆が建てられている。 神奈川県横浜市青葉区奈良町 こどもの国通り

マイカル本牧

地区内のホテルルファールでは客室に女性の幽霊が出現すると噂されていた。2号館では周囲に人影がなくても女性の叫び声が聞こえると噂されていた。 1945年終戦後に本牧はアメリカ海軍の軍人やその家族の居住地として接収されていた。日本国への返還後は1989年よりマイカル本牧として複数の棟に分かれるショッピングモールとして開発される。バブル時代に開業したマイカル本牧は高級ブランドショップが入居するも衰退して […]

多良崎城跡

武士の霊が現れる、誰もいないところから声が聞こえる、女性の霊が歩いているなどの噂があります。 多良崎城跡は天正18年に豊臣秀吉の命を受け常陸統一を目指す佐竹義重・義宣に攻略され、僅か一日で落城し多くの戦死者が出た場所です。また、奇跡体験アンビリバボーで紹介されたとの話もあります。 茨城県ひたちなか市足崎

京急黄金町駅前の駐車場と大岡川

駅とは反対側を流れてる大岡川でも大量の戦死者が出たせいか、今でも助けを求める幽霊が現れるそうです。 昭和20年5月29日アメリカ軍は横浜を空襲。絨毯空爆でたくさんの人が黄金町駅に避難したところをB29が大量の焼夷弾を落とし、600人以上の人がここで焼け死んだ。死体は駅前の広場に一時期的に保管され、戦後そこに建物を建てようとしますが、不思議な現象が何度も起き、基礎工事でとん挫。さらに土地所有者や建設 […]

藤塚隧道

全身焼けただれた兵士の幽霊や江戸時代の武士の幽霊、女の子の幽霊の目撃談があります。またトンネル通過中にクルマの計器が壊れることもあるそうです。 詳細は不明。 神奈川県横浜市保土ケ谷区藤塚町 横浜新道

軍神か?鬼神か?日本が誇る不死身の最強軍人・舩坂弘

第二次世界大戦中、圧倒的に不利な状況で日本とアメリカの激戦区となった『アンガウルの戦い』。この戦いで多くの兵士が命を落とす中、『不死身の分隊長』・『鬼神』とまで呼ばれた舩坂弘軍曹はその武術もさることながら、驚異的な回復力と幸運により奇跡的に生還し静かな余生を過ごしていました。 学校の授業では語られることはありませんが、その戦績を戦史に刻まれたのは彼一人。世界的に有名な『シモ・ヘイヘ』や『ハンス・ウルリッヒ・ルーデル』と並び、リアルチート軍人とまで呼ばれています。しかし敵軍であるアメリカ兵からはその生存能力の高さや国を思う気持ち、1人でも一矢報いようとする姿勢などから称賛を浴び、アメリカ軍の軍医と戦友になったほど。 一体舩坂弘とは、どんな人物だったのでしょうか。そして彼が戦い抜いたアンガウル島での戦いとはどのようなものだったのでしょうか。

ソ連はおろか味方のヒトラーですら恐れたWW2最悪の人外撃墜王!ハンス・ウルリッヒ・ルーデル

世界三大リアルチート軍人のひとりでありエースパイロットとして有名な空の魔王・ハンス・ウルリッヒ・ルーデルは、その能力は1人で一個師団に当たるとも伝えられているんです。ドイツでは英雄とたたえられその戦果は世界記録となっているだけででなく、彼の逸話は嘘と虚言にまみれたあのアンサイクロペディアでさえ、多くの本当のことを書かざるを得なかったほど。