【心霊スポット】平将門の祟りは本当?嘘?実話?【平将門の首塚】

東京都の最恐心霊スポットといえば、「平将門の首塚」が有名です。

平将門は平安時代、天皇(朝廷)に反乱を起こし、を討ち取られました。志半ばで倒れた平将門の怨念は凄まじく、様々な祟りや怪奇現象を起こし、日本三大怨霊の1人に数えられることになります。

平将門の首塚は現在も東京都千代田に残されており、様々な祟りのエピソードが語られています。

関東大震災によって崩れてしまった平将門の首塚の跡地に、大蔵省の仮庁舎が建てられたのですが、大蔵省の役人や工事関係者が相次いで死亡。平将門の祟りと恐れられ、仮庁舎は壊されました。

終戦後は、GHQが平将門の首塚の撤去工事を行うことに。しかし再び工事業者のブルドーザーが転倒、運転手が亡くなる等の不審な事故が相次ぎ、取り壊しは中止になったといいます。

今回は当時の新聞などを調べて、この平将門の首塚の祟りのエピソードが、本当にあった話なのかを追求します。平将門の祟りはすべて実話なのか? なのか?

【心霊スポット】平将門の首塚とは?【歴史を紹介】

平将門(築土神社所蔵)

平将門は平安時代中期に実在した人物で、天皇(朝廷)に反乱を起こした罪で首を討ち取られました。

有名な「平将門の乱」ですが、志半ばで倒れた平将門の怨念は凄まじく、首を斬られた後もその首は腐ることなく呪いの言葉を吐き続け、さらに首が空を飛んでいったという伝説まで残されています。

その後も平将門の死や首塚にまつわる祟りや呪い、怪奇現象は数多く語られ、平将門は日本三大怨霊の1人に数えられることになりました。

ちなみに平将門は「大元帥法」という呪術によって倒されたといいます。この大元帥法は元寇でモンゴル軍を撃退し、第二次世界大戦では米大統領ルーズベルトをも呪殺しましたコチラの記事で詳しく紹介していますので、興味のある方はぜひご覧ください。

また他の日本三大怨霊の呪いや祟りについては、コチラの記事で紹介しています。

そんな平将門の首を祀ったのが、東京都千代田区大手町一丁目2番1号外にある平将門の首塚です。今は石碑しか残されていませんが、文献によればかつては古墳のようになっていたといいます。

【心霊スポット】平将門の首塚の祟り①大蔵省連続怪死事件

しかし平将門が日本三大怨霊といっても、しょせんは伝説。祟りや呪いなんてあるわけない……そんな現代人を恐れさせたのが、平将門の首塚の祟りのエピソードです。

1923年、関東大震災によって大蔵省の庁舎が全焼してしまいます。そのため地震で崩壊してしまった平将門の首塚を取り壊し、その跡地に大蔵省の仮庁舎を建てることが決まりました。

しかし仮庁舎が完成すると、現役の大蔵大臣の早速整爾氏が病死。さらに大蔵省の建築担当者などが相次いで怪我や病に倒れ、14人が死亡。最後には大蔵省にが落ち、周辺の官庁まで焼き尽くされてしまいました

人々は「平将門の祟りだ」「天罰だ」と恐れ、仮庁舎を撤去し、平将門を祀る石碑を立て直しました。これが今も残る平将門の首塚です。

【心霊スポット】平将門の首塚の祟り②GHQまで祟られる

平将門の首塚の祟りはまだ終わりません。

次は1945年終戦後のお話です。日本を占領した連合軍の総司令部GHQは、区画整理のために平将門の首塚を撤去し、別の場所に移動させることにしました。

しかし平将門の首塚を潰そうとしたブルドーザーが横転し、運転手が死亡。その後も不審な事故が相次ぎ、平将門の首塚の撤去と移動は中止になりました。

ですから平将門の首塚は動かされることなく、現在もその姿を残しているというのです。

心霊スポットといえば心霊写真などが定番ですが、実際に祟り呪い死人事故が発生しているとは恐ろしい話です。

しかしこれらの平将門の首塚の祟りのエピソード、本当にあった話なのでしょうか?

平将門の首塚の祟りは本当にあったのか【実話?嘘?】

平将門の首塚

心霊スポット、平将門の首塚の祟りのエピソードは、本当にあった話なのでしょうか? これらの祟りはすべて歴史的事件ですから、当時の新聞などに記録が残っているはずです。

平将門の祟りはすべて実話なのか? 嘘なのか? この真相を追求したのが、NHKの番組『幻解!超常ファイル ダークサイド・ミステリー File-08』(2014年3月26日放送)です。

結論からいいますと、実話も含まれているものの、上の2つの事件に関しては、平将門の首塚の祟りは嘘だと思われます

まずは大蔵省連続怪死事件から……。

大蔵大臣の早速整爾氏は実際、現役中に病死しています。しかし速見氏は、首塚の取り壊しに関わっていない上、死亡したのは仮庁舎完成から3年後のこと。

当時の記事によれば「安らかな大往生」と書かれており、祟りを感じさせる記述はありません。また大蔵省幹部が連続して死亡したという記述も見つけられませんでした

平将門の首塚

ちなみに落雷による火災で大蔵省の庁舎が消失したのは事実ですが、落雷事故は首塚を壊してから17年後の話で、祟りとは言い難いでしょう。

さらに雷が落ちたのは大蔵省ではなく、航空局でした。当日は大荒れの天気で、航空局以外にも、東京では20箇所に落雷があったとも記されています。

次はGHQのブルドーザー横転事故について見ていきましょう。

地元の研究者たちによって書かれた『史蹟将門塚の記』(1976年出版)によれば、「ブルドーザーを運転していた日本人が突然の事故で死亡した」という記述が見られます。

GHQが死亡したとか、ブルドーザーが横転した(首塚の現場で事故に遭った)とか、不審な事故が相次いだなどの記述はありませんし、この祟りによってGHQが工事を中止することもありませんでした。

しかも当時の新聞からは、そのような事故を見つけることはできませんでした。戦後の混乱期とはいえ、日本人の事故も実際にあった話なのかは怪しいところでしょう。

ですが、平将門の首塚の祟りが実話でなかったなら、なぜGHQは首塚の撤去を中止したのでしょうか。

それは地元住民の反対と説得でした。地元住民は「ここは古代の王の墓」だとGHQに訴え、何度も陳情を重ねた結果、首塚は区画整理の工事から外されることになったのです。

地元住民にとって、平将門は祟りをなす恐ろしい怨霊ではなく、地域の守り神でした。これは御霊信仰と呼ばれるもので、日本には怨霊をも守護神に変えてしまう信仰があるのです。

たとえば同じく日本三大怨霊の1人である菅原道真は、今では学問の神様「天神様」として全国から崇敬を集めています。御霊信仰についてはコチラの記事で詳しく紹介しています。

映画化、アニメ化もされた荒俣宏氏の人気オカルト小説『帝都物語』でも、平将門の首塚は、第二次世界大戦にあたって東京を守護するためのキーとして扱われています。こちらの映画や小説は、オカルト好きなら誰もがハマってしまう内容なのでオススメです。

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今回は東京都の最恐心霊スポット、平将門の首塚の祟りが実際にあったのかを追求しました。

結論からいえば、平将門の首塚の祟りはほとんどは嘘です。中には実話も含まれていますが、祟りとは言い難いでしょう。

なぜなら現在平将門は、怨霊ではなく東京の守り神として地元住民の信仰を集めているからです。今でも平将門の首塚が心霊スポットとしてだけでなく、パワースポットとしても人気なのはそのためでしょう。

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